いしいしんじの『ぶらんこ乗り』の中に出てくる「手をにぎろう!」というお話が素敵だ。
サーカスの空中ぶらんこ乗りの夫婦は、生まれてからずっとぶらんこの上で暮らしてる。
眠るのもごはんも結婚式もぶらんこに乗ったまま。
ある嵐の夜、サーカスの動物達はテントの中でみんなそわそわと落ち着きがない。
不安なのだ。
うちの犬も風の強い夜や雷がなる夜は不安でキャンキャン吠えているもんね。
ライオンだって熊だって、体は大きくてもきっと怖いんだ。
奥さんは旦那さんに「手をにぎってくださいな」と言った。
旦那さんは大きくブランコを揺らして奥さんの方へと綺麗なラインを描く。
手をにぎっては離れ、にぎっては離れ。
「私達はずっと手をにぎってることはできませんのね」
「ぶらんこ乗りだからな」
旦那さんは体をしならせながら言った。
「ずっと揺れてるのが運命さ。
けどどうだい、少しだけでもこうして
お互いに命がけで手を繋げるのは、ほかでもない、
素敵なことと思うんだよ」
そしてぶらんこは一晩中、繰り返し繰り返し行き着した。
嵐がやんで、動物達が眠った後も、二人は真っ暗な闇の中で何度も手をにぎりあっていた。
そんなお話。
素敵だなぁ。
空中ブランコは命がけ。
二人の信頼関係と相手を想う気持ちがないとけっして手はつながらない。
どちらかが手をつなげようとしなければ、真っ逆さまに落ちてしまう。
それでもなお、相手を信じて何度でも手をにぎりあう。
何度でも何度でも。
旦那さんは鼻の下に上品で形のいい黒々とした髭を生やしていて、
その髭と、シルクハットがとっても似合う素敵なジェントル。
きっとその帽子はぶらんこに乗って逆さになっても、不思議なことに落ちたりはしないんだ。
奥さんはフワフワとした長い茶色い髪が可愛らしく似合っていて、とても痩せていて身軽。
でもその細い体のどこにあるんだろうかってくらい、力強く優雅にブランコを揺らす。
そんなふうに二人を想像したりする。