ビルの窓から外を見ていたら、クジラが空を飛んでいた。
僕のいる窓に近づくと、目が合ったクジラは「こんにちは」と挨拶をした。
「こんにちはクジラさん、君は一体どこへ行こうとしてるんだい?」
「彼女のところさ」
「彼女?クジラの?」
「ああ、そうさ。ずいぶん前にね、僕は彼女と運命の出会いを果たしたんだ」
「運命の出会い・・・・それはすごいことだね。どんな出会いだったんだい?」
「聞きたい?」
「うん、聞きたいな」
クジラは話したくて仕方ないのだ。
その様子がなんとも可愛らしかった。
「それは本当に偶然だったんだよ。今考えても不思議なくらいに素敵な偶然なんだ。
その日僕は何頭かの仲間と一緒に海の浅い所を泳いでいたんだ。
前日の嵐のせいで海の上にはたくさんのおかしな物が浮いていたからね、
それを見物しに来たって訳。
僕はピンクのビーチボールを見つけてしばらく夢中になって遊んでいたんだけど、
気づくと周りに仲間の姿が見えない。
どうも知らないうちに自分が思ってるのよりずいぶん体が流されていたらしいんだ。
それで仲間とはぐれてしまった。
でもそんなのってないよ。考えられない。
だって僕はとっても用心深いんだもの、流されてる事に気づかないなんてことあるかな?」
「ん・・・いや用心深くてもついうっかりなんて事もあるんじゃないかな・・?」
「ついうっかりね・・・・・この僕がついうっかり・・・。
それはまた素敵な偶然の前兆とも言えるくらいに不思議なことだね」
クジラは少し興奮が増したようだった。
「ともかく仲間とはぐれた僕はしばらくあてもなく彷徨った。
嵐の後でまだ海が荒れていたからうまく仲間の位置がつかめなかったんだ。
深く潜って気味の悪い魚に仲間の居所を尋ねたり、
波間に揺れるクラゲにお伺いをたてたりしてみたけど全然駄目。みんな知らないって。
とうとう僕は、なんだか今すぐに「僕はここだ!」
って世界中に聞こえる声で叫ばなくちゃいけないような気がしてきて、
それはそれは思いっきり高く空にジャンプしたんだ。
・・・その時だよ。
飛び上がった僕の頭の上に、大きな影のような物を感じたんだ。
一瞬周りが静かになったような気がしたな・・・・。
たぶん僕が運命の音を聞き逃さないよう、神様がそうしたんじゃないかな。
ジャンプの後、急いで僕は海上に顔を出して空を見上げたんだ。
そしたらそこにいたのは、すごくすごく大きくて、銀色に美しく光輝いた彼女だった」
「僕は息を呑んだよ・・・・・その美しく、凛とした姿に一瞬にして恋をした。
体は僕よりだいぶ大きく見えたな。きっと美しい人というのは強さも持っていないといけないんだ。
とてもスベスベとした滑らかな肌をしていて、太陽が反射してとても綺麗だったよ。
なにより、彼女は空を飛んでいたんだ。
僕が精一杯の力を振り絞ってジャンプしたところであんなに高くは跳べない。
それを彼女はいとも容易く僕の遥か頭上をクールな顔して飛んでいたんだ。
真っ直ぐに、バシャバシャと波を立てる下品な音もなく、
低く呼びかけるような声だけが永遠に響いていた。
そして波に泡が立つように、彼女の通った後には美しく真っ直ぐな白い線が残っていたんだ。
まるで二人を繋ぐ唯一の糸のように見えた。
僕は雷に打たれたような気分になって、
彼女のそばに行きたい、彼女と話をしたい、そう思って何度も何度もジャンプしたけど、
全然届きやしないんだ。どんどん彼女は離れて行ってしまうんだ。
僕は悲しくて大声で泣いたよ。
恥ずかしくなんてないさ。だって運命の出会いをしたんだもの。
いつまでもいつまでも泣いた。彼女の姿が完全に見えなくなっても」
僕は彼の話を聞いて、
クジラの見た彼女というのは飛行機だったんじゃないかと大方見当をつけていた。
だけどクジラの必死さと透き通る目を見るととてもそんなこと言えそうになかった。
「・・・それで、君はどうしたんだい?どうやってここまで?」
「僕はその時に誓ったんだ。必ず僕も空を飛べるようになって、彼女に会いに行くと。
それからはもう必死になって空を飛ぶ練習をしたよ。
朝から晩まで何度も何度もジャンプするんだ。ヘトヘトになるまで。
毎日続けていると、体がどんどん軽くなっていくのがわかるんだ。
長い時間空中にいれるようになるまで、それほど時間はかからなかったよ。
でもそれだけでは駄目だ。彼女のように優雅に美しく飛べなければならない。
じゃないと恥ずかしくて彼女に会えないだろ?
でもそれが一番難しかったよ。・・・・うん、ここまで来るのに本当に大変だった」
僕はクジラが空を飛べるなんて思いもしなかったので、
まさか恋をしたことでここまでの事ができるものなのかと素直に驚いていた。
「一体そんなふうに空を飛べるようになるのに、どれくらいかかったんだい?」
「さぁ・・・何十年かそこらだと思うけど・・・いちいち数えてないよ。
僕には時間なんてどうでもいい事だった。
ただただ彼女に会う日だけを夢見て無我夢中に頑張っていたんだものね」
クジラは少し顔を赤らめ、とっても嬉しそうに笑った。
その笑顔を見ると、僕は急に胸が苦しくなってきた。
何故なら彼女に会うためだけに何十年もの時間をかけ、
よく見ると傷だらけのその体は想像もできないくらい酷使され、
ようやくここまでクジラはやってきたのだ。
もし、クジラが彼女と対面したら、
彼女がクジラなどではなくただの鉄のカタマリにすぎないと知ったら、
彼の落胆は想像を絶するものだろう。
僕は切なさで胸が締め付けられるようだった。
「・・・ねぇ、もしさ、もしも彼女に会えたとして、
君が思っていたのと実際近くで見る彼女が違っていたらどうする・・・?」
「違う?あはは、そんな訳ないさ、彼女の美しさは遠くからだってハッとしたんだ。
近くで見ようがなんだろうが彼女の美しさは変わらないさ」
「う・・・うーん・・・・そうかな」
「それに、例え彼女がシワシワのおばぁちゃんになってても、
昔のような輝きはなくてもさ、それでも僕は眩しいと思うんだ。
だって僕をこんなにまで変えてしまったんだよ?
彼女の持つ光が、僕に空を飛ばせてくれた。
空を飛べるようになった僕は一回りも二回りも大きくなれた気がするんだ。
それまで知らなかったいろんな事を知って、いろんな事を考えた。
大切なものもたくさん増えた。
僕は今の僕がとても好きなんだよ。なんというか・・・誇りを持っている。
だから彼女を愛した気持ちというのは何があっても消えやしないんだ。
・・・なーんてね、クジラも結構カッコイイこと言えるだろ?」
クジラはチャーミングなウインクをすると照れて笑った。
それを見た僕は、一気に目の奥がギュッとなって涙が出そうになっていた。
「おっと、いけない。こんなところで道草くってる場合じゃないや。
早く彼女の元に飛んで行かなきゃね。
だいたいの場所はわかってるんだ。
あの日、消えることのない彼女へと続く真っ直ぐな白い糸をずっと見ていたから、
方向やなんかは頭にしっかり記憶してある。
今からドキドキしていて跳び方がもう一つ安定しないんだ(笑)」
僕もなんだかドキドキしていた。
切ないけれど、それ以上に誇らしい気持ちが胸に渦巻いていた。
「あっ・・・クジラさん、あのもし彼女と会えた時は、
急に前に飛び出したりしないでゆっくりと近寄った方がいいかもしれない」
「ん?どうしてだい?」
「あ、いや・・・その、ほら、彼女とちゃんと対面するのはこれが始めてなんだろ?
急に見ず知らずのクジラが目の前に現れたらビックリしちゃうよ!
それに彼女は体も大きくて飛ぶスピードも速いみたいだから、
うかつに近づくと体当たりしてお互いに大怪我しちゃうからね」
「おぉ、そうか・・・・それはその通りかもしれない。
わかったよ、それは充分に気をつける。ありがとう。
・・・・・それじゃあ、そろそろ行くよ」
「うん。
彼女に会えるといいね」
僕は心からそう思って言った。
「あぁ、会えるといい。必ず会えるさ」
僕とクジラは目を合わせたまま同時に頷いた。
数日後、数十キロ離れた街で、
美しく銀色に輝く大きな空飛ぶメスクジラに、
あのクジラが本当に対面できたという素敵な運命の結末を僕は知らないでいる。
・・・・ってうぉーい!こんな長編書く気なかったんですけどぉー!( ´д`;)
サクッと妄想するはずが妄想しすぎだからー!!ドビュッシー
ていうか仕事中に何写真とって妄想してんの私ったらハズイ。
最後まで読んだ人相当ヒマ人だ。
すいません、ただの妄想です。全て妄想です。
そいでは、バイバイ。